英霊にこたえる会ニュース

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第四十回全国戦歿者慰霊大祭斎行

2015. 08. 17
「終戦の詔書」を拝してから七十年を迎えた八月十五日、本会主催の「第四十回全国戦歿者慰霊大祭」を午前九時から靖國神社拝殿で斎行、水落敏栄日本遺族会会長・参議院議員、及び松沢成文次世代の党幹事長・参議院議員はじめ、自衛隊の統合・陸・海・空各幕僚長(各代理)、都道府県本部、中央参加団体の代表等約三百五十名が参列した。
寺島泰三会長は八月十四日に発表された安倍総理の終戦七十年談話について、安倍総理はこの「談話」の発表により先の大戦をめぐる歴史認識、外交問題に決着をつけ、先の世代の子どもたちに謝罪を続ける宿命を背負わせてはならないとの思いがあり、私達もまた、総理と思いを一つにするものであると述べるとともに、われわれは勿論のこと遺族はじめ日本国民挙げてご期待申し上げている今上天皇・皇后両陛下の靖國神社への行幸啓の道が啓かれるよう一致協力して運動を進めていくことを祈念する祭文を奏上した。

祭文
 大東亜戦争終結七十年目を迎えた、皇紀二千六百七十五年に当たる本日、ここ靖國神社に静まります二百四十六万六千余柱の英霊の大前において、英霊にこたえる会「第四十回全国戦歿者慰霊大祭」を挙行するに当り、本会を代表して、謹んで祭文を奏上いたします。
 ご照覧のとおり、終戦五十周年に当る平成七年には、時の村山内閣は、五百万人に及ぶ反対請願があったにも拘わらず、六月七日に衆議院本会議で「謝罪反省の国会決議」を強行採決し、八月十五日の終戦記念日には「いわゆる村山談話」を発表し、その後の我が国の歴史認識に大きな禍根を残しました。
 また、平成十三年八月十三日に十六年ぶりに靖國神社に公式参拝した、小泉純一郎首相は、終戦六十周年に当たる、平成十七年八月十五日の終戦記念日に「小泉談話」を発表し、「植民地支配と侵略」、「痛切な反省と心からの侘び」等の文言を使用して「村山談話」を継承されたことは、残念ながら史実の示すとおりであります。
 前例によれば、終戦七十年記念日に当る本日、発表されるものと思っておりました「安倍談話」は、諸般の事情から前倒しとなり、八月十四日に閣議決定し発表されました。
 その談話内容については、早くから「村山談話」や「小泉談話」を継承すべきであると内外からの注文が相次ぎましたが、私達は発表される「安倍談話」に安倍総理が、四月二十九日、米国上下両議院で演説した通り「先の大戦に対する痛切な反省」と「アジア諸国民に苦しみを与えた事実」については盛り込まれても「謝罪」や「おわび」という文言は、使用されないものと期待していましたが発表された談話には「植民地」「侵略」「反省」「おわび」というキーワードは間接的表現を含め全て言及されました。これは先の大戦に対する深い悔悟の上で、できるだけ多くの国民と思いを共有できる談話を作るという総理の熟慮の上での決断によるものと受け留めております。
 しかしながら「先の大戦」は、五百年昔の大航海時代から始まった、西欧白人社会の世界征服主義の帰結であり「反省」は日本のみでなく、むしろ西欧諸国に多く求められるものでありましょう。
 先の大戦終結後、アジアの多くの国が自由と独立を得て、西欧諸国の植民地政策から解放され、日本国や日本軍に謝意を表していることも、また、歴史的事実であります。
 このような史実と戦後七十年に亘って平和国家として歩んできた我が国の実績を踏まえ「安倍談話」は、未来志向に徹し、積極的平和主義の旗を高く揚げて世界の安定と繁栄に貢献する決意の表明を重点としたもので、ご祭神の皆様の意にも叶ったものと拝察するものであります。
 安倍総理はこの「談話」の発表により、先の大戦をめぐる歴史認識・外交問題に決着をつけ、先の世代の子供たちに謝罪を続ける宿命を背負わせてはならないとの思いがあり、私達もまた総理と思いを一つにするものであります。戦後七十年に当たり、天皇・皇后両陛下におかれましては、四月八日、九日、パラオ共和国ペリリュー島を慰霊訪問あそばされ、五月二十六日には、東京都戦歿者慰霊堂に、六月十日には、神奈川県横須賀市の「戦歿船員の碑」へ行幸啓されました。
 両陛下の戦歿者慰霊のお気持ちには、終着点はありませんと宮内庁幹部が述べていますが、両陛下の靖國神社行幸啓は、ご祭神は勿論のこと、遺族はじめ日本国民挙げてご期待申し上げているものであります。
 そのためには、国民の代表である国会議員が率先して、靖國神社に参拝し、総理及び閣僚の靖國神社公式参拝を定着させなければなりません。
 私どもは、天皇陛下ご親拝の途を拓くため一致協力して、この運動に邁進してまいりますことをお誓い致しますと共に、二百四十六万六千余柱の英霊のご加護を祈念申し上げ祭文と致します。

平成二十七年八月十五日
英霊にこたえる会 中央本部
会長 寺島 泰三


祭文を奏上する寺島泰三会長

慰霊大祭の供花は二十四基で、政党関係は自由民主党、民主党、次世代の党の3党で昨年と同様であった。

供花団体等(順序不同)
自由民主党、民主党、次世代の党、みんなで靖國神社に参拝する国会議員の会、遺家族議員協議会、日本遺族会、日本会議、佛所護念会教団、神社本庁、日本郷友連盟、偕行社、水交会、中央乃木会、隊友会、旧戦友連、特攻隊戦没者慰霊顕彰会、全ビルマ会、JYMA日本青年遺骨収集団、神道青年全国協議会、各種女性団体連合会、大日本印刷株式会社、凸版印刷株式会社、靖國神社の櫻の木の下で「同期のの櫻」を歌う会、英霊にこたえる会

奏楽は拓殖大学吹奏楽部、献楽は尾崎良江氏指揮のもと偕行合唱団男女十八名が実施、拝殿には、千葉県茂原市のカトリック教会日曜学校「マリアの里」と岡山県遺族会女性部からの「千羽鶴」が飾られた。

  

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「第二十九回戦歿者追悼中央国民集会」を日本会議と共催

2015. 08. 17
慰霊大祭に引き続き、午前十時三十分から日本会議との共催で「第二十九回戦歿者中央国民集会」を酷暑の中、靖國神社参道に特設天幕を設置して開催、千六百人余の参加者が集った。
寺島泰三会長の挨拶のあと、公務の都合上、稲田朋美氏(自民党政調会長・衆議院議員)の提言を実施した後、田久保忠衛日本会議会長の挨拶、続いて、脚本家井沢満氏、呉善花拓殖大学教授の順で提言が行なわれた。予定外として本会副会長として慰霊大祭及び中央国民集会に参加の櫻井よしこ氏が最後に挨拶を実施した。正午の時報に合わせて戦歿者への黙祷、天皇陛下のお言葉拝聴後、日本会議の学生代表が力強く「声明」を朗読、最後に偕行合唱団と共に「海ゆかば」を斉唱し閉会した。

声明
 大東亜戦争終結より七十年の歳月を経た今日、戦争の真実も戦後の苦難の歩みも知らない世代が国民の大半を占めるにいたった。しかしながら、現在の国民が享受する平和と繁栄は、国家存亡の危機に際会して尊い一命を捧げられた、ここ靖國神社に静まる二百四十六万余柱の英霊の殉国の誠心の上に築かれたものである。
 にもかかわらず、敗戦後の日本には、東京裁判がもたらした自虐史観をいつまでも払拭せず、英霊の名誉を冒涜する、事実関係を無視した過去の我が国の歩みを断罪する風潮が横行してきた。こうした一部の日本人およびマスコミが作り上げた虚構の歴史は、いわゆる「従軍慰安婦強制連行」など中韓両国が対外宣伝に利用することで、国際社会に広く浸透する結果となっている。
 幸いにも終戦七十年を迎えて、わが国にようやくかかる風潮と決別し、いわれなき非難を拒否し、正しい歴史的事実を世界に発信しようとする動きが生まれてきている。昨日、安倍総理が発表した戦後七十年談話もまた、「村山談話」や「小泉談話」で示した「植民地支配と侵略」を認め、「おわび」と「謝罪」を要求する内外からの執拗な圧力にもかかわらず、「私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」として、日本が謝罪の歴史に終止符をうち未来志向に立つことを世界に対して発信したことを高く評価したい。
 周知のように、中国による国際法無視の傍若無人な海洋進出によって、アジアの安全保障環境は激変した。そうした中で、積極的平和主義を掲げる安倍内閣の安全保障政策に対して、今や欧米ならびにアジア諸国は強い支持を寄せており、わが国に対するいっそう積極的な世界平和の推進への貢献を期待している。
 しかし、未だにわが国内部には、「平和主義」、「平和憲法遵守」等の美名のもとで、安保法案を戦争法案と決めつけ、わが国の安全保障政策を発展させることを拒否しようとする勢力が存在している。彼らは過去のわが国の歴史を一方的に糾弾し、あわせて安全保障政策を批判することで、中国の代弁者となっている。
 わが国が国際社会の期待に応え、国際社会の平和に貢献する国家となるためには、それをよしとする国民の覚悟が不可欠である。そのために肝要なのは、健全な国民精神の確立である。それには、国際社会に対する正しい歴史事実の情報発信を政府を挙げて進めるとともに、英霊の慰霊・顕彰の中心的施設である靖國神社に対して、首相が政府・国民を代表して参拝し、英霊に対して深甚なる感謝の意を表することからはじまるといって過言ではない。
 終戦七十年の時を迎え、我々はあらためて、安倍総理に靖國神社参拝を継続し「総理参拝の定着」を要望するとともに、英霊の御前において、憲法改正の早期実現を中心とする諸課題に取り組み、誇りある国づくりを目指す国民運動を一層力強く展開することを誓うものである。
右、声明する。

平成二十七年八月十五日
第二十九回戦歿者追悼中央国民集会
英霊にこたえる会
日本会議

尚この後、同会場において日本会議主催による「終戦70年若人の集い」が十三時十五分から十四時四十分の間開催された。


主催者代表として挨拶する寺島泰三会長


提言者として挨拶する稲田朋美自民党政調会長・衆議院議員


最後に主催者側の要請で挨拶する櫻井よしこジャーナリスト・国家基本問題研究所理事長・本会副会長

  

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英霊にこたえる会中央本部第四十一回総会を開催

2015. 04. 28
 四月二十三日(木)第四十一回総会をホテルグランドヒル市ヶ谷3階瑠璃東中の間で開催、地方本部、中央参加者代表及び会長表彰受賞者等百二十余命が参集した。
 総会は午後一時に開会、寺島泰三会長代行、板垣正顧問の挨拶後、平成二十七年度会長表彰を実施し十二団体、個人六十七名に賞状を贈呈し、受賞者を代表して英霊にこたえる会兵庫県本部の岡田徹也会長が謝辞を述べた。
 次いで、本会中央本部の常任委員・日本郷友連盟常務理事の中村弘氏を議長に選出して議事に入り、「地方本部長の交代」、「中央参加団体の加入状況」、「国民運動支部助成費及び支部組織強化助成費の見直し」、「平成二十六年度事業等の実施」について報告、「平成二十六年度決算」が承認された後、「本会役員の一部改選について」審議し、次のとおり承認された。
・故中條会長の後任として会長代表寺島泰三氏(日本郷友連盟会長・靖國神社崇敬者総代)を推戴
・本会顧問に佛所護念会教団:関口慶一会長を
・本会総務部長事務取扱を亀井茂子本会副会長に
 その後引き続いて、平成二十七年度活動方針・事業計画及び同予算(案)について審議し、原案どおり承認された。
 総会終了後、堀江正夫名誉会長による「安倍総理をパプアニューギニアで出迎えて」を拝聴した。
 誓次休憩後午後四時三十分から2階・白樺の間で、「故中條高徳会長を偲ぶ会」を開催し百二十七名が参加した。
 参加者参加が中條会長の遺影の前で献花した後、中條和歌子夫人、長女の馬場香織氏、長男の中条宗徳氏を迎えて冨田運営委員長の司会により開催。
 郷里長野県千曲川のほとりの菩提寺に納骨された中條高徳会長の冥福を祈って黙祷を捧げた後、堀江正夫名誉会長が「追悼のことば」を述べ、靖國神社崇敬奉賛会の扇千景会長の「追悼メッセージ」を事務局の松橋博子氏が代読した。その後、「偲ぶ会」の為に編纂した「中條高徳会長二千七十二間の足跡」の冊子について冨田運営委員長が説明した後、寺島泰三第五代会長の献杯し思い出話で中條会長の遺徳を偲んだ。
 中締めは、ソプラノ歌手である二期会会員の森敏恵氏が「海ゆかば」「荒城の月」を独唱後、中條会長愛唱歌「異国の丘」を全員で合唱、アンコールに応えて「赤とんぼ」を独唱された。
 最後に遺族を代表しご長男の中條宗徳氏が、中條会長の遺言のこと、納骨した際での思い出を紹介しながら謝辞を述べられ参加者一同に深い感銘を与え閉幕した。

  

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第四十一回総会での寺島泰三会長代行の挨拶文

2015. 04. 28
 本日、ここに第四十一回「英霊にこたえる会」総会を開催するに当たり、都道府県本部並びに中央参加団体代表各位のご列席を賜り、心から厚く御礼申しあげます。
 私は、中條高梠謗l代会長の急逝に伴い、会長代行を仰せ付かっております、「日本郷友連盟」会長で本会副会長の寺島泰三であります。
 本会を代表して開会の御挨拶を申し述べさせて頂きます。
 先ずもって昨年十二月二十四日、呼吸不全により急逝されました、中條高梔長の生前における御功績に対し、深甚なる謝意と敬意を表し上げますとともに、皆様とともに謹んで心からのご冥福をお祈り申し上げるものであります。
 本会議終了後、引き続いて「偲ぶ会」を実施致し、皆様とともに中條会長の御遺徳を偲び、思い出を語り合いたいと存じます。
 さて、皆様ご承知のように本年は、戦後七十年の節目の年に当たりますが、畏くも今上天皇・皇后両陛下におかれましては、戦歿者慰霊のため、去る四月八日・九日の日程で、中部太平洋パラオ共和国をご訪問あそばされました。
パラオ諸島の中のペリリュー島で戦死された陸軍大佐(後に二階級特進されて中将)中川州男守備隊長については、平成十九年版靖國カレンダーに御祭神として掲載いたしましたが、その中で米軍最精強と謳われていた、第一海兵師団を基幹とする四万八千人を相手にして、水戸歩兵第二聯隊を基幹とした、一万人のペリリュー守備隊が米軍が二、三日で攻略すると豪語した戦闘を、実に、七十三日間も戦い抜き、米軍に一万人もの人的損害を与えたものの最後は玉砕、この間、天皇陛下から十回を超える御嘉賞を賜ったことを記載いたしました。
 私は、本年二月下旬、日本郷友連盟の会員有志とともに同地を訪れ、慰霊研修を実施して参ったところでありますが、今回の天皇・皇后両陛下のご訪問は、戦歿された英霊やご遺族は勿論のこと、私ども国民にとりましても、戦後七十年における有難い記念すべきことであり、国民挙って衷心から御礼申し上げる次第であります。
 天皇・皇后両陛下におかれましては、これまでも沖縄をはじめ硫黄島、サイパン島等の海外の島々まで、戦歿者慰霊のご訪問を頂いておりますが、戊辰戦争この方二百四十六万余柱、大東亜戦争のみでも二百万以上の英霊の鎮座まします靖國神社には、皇太子殿下の折五回行啓されておられますにも拘わらず、ご即位後、御親拝は頂いておりません。
 常に日本国民の心、気持ちを大切にされ、国民と心を一つにして共に歩んでおられる天皇・皇后両陛下の大御心は、東日本大震災はじめ、我が国を襲った大災害の際、被災者を見舞われた折に、如実に拝察申し上げることが出来ますが、靖國神社御親拝に関しても、今上陛下は、昭和天皇の思いをしっかりと受け継がれ、国民の靖國に対する動向をじっとご覧になっておられるのではと、拝察されるのであります。
 昭和二十六年サンフランシスコ平和条約が締結された後、靖國神社に歴代総理大臣が参拝しても、また、天皇陛下の御親拝を仰いでも何も問題にならなかったことが、昭和五十年三木総理の「私的参拝」発言を機に、政治問題化し、御親拝までもが国会で論議される有様となり、それ以降、昭和天皇の御親拝は途絶えました。
 また、所謂 級戦犯の合祀が報道された後も、総理の靖國参拝は続けられましたが、戦後四十年の節目に当たる、昭和六十年、中曽根総理の公式参拝後、中国の内政干渉によって、その後の参拝を取り止めたことにより、内政問題が外交問題化して今日いたっているのは、皆様ご存じのとおりであります。
 国家のために尊い一命を捧げて、国に殉じた戦歿者を国の文化・伝統・習俗に則って、慰霊追悼して感謝の誠を捧げますことは、他国の介入を許さない国の根幹に関わる事項であるにも拘わらず「靖國神社参拝」を国の代表である総理が参拝せず、国民の代表として選ばれた国会議員が参拝をためらう我が国の状況は誠に遺憾であり、これを見守られる今上陛下の大御心は、如何ばかりかと恐懼に思う次第であります。
 今上陛下御親拝の途は、国民から選ばれた国会議員本人が参拝し、国の代表である総理大臣の靖國神社参拝を定着化することにより、拓かれると信ずるものであります。
 我が「英霊にこたえる会」が、この二項目を重要な運動方針として、取り上げている所以もここにあります。
 さて、今一つ戦後七十年となる本年夏頃に出される予定の「総理談話」について触れておきたいと思います。
 安倍総理が新たな総理談話を出すと報じられるや否や、その内容について、内外から色々な注文や牽制が行われております。
 中国の李克強首相に至っては、この三月に行われた第十二期「全人代」第三会議終了後の記者会見で「国家指導者は、先人が成し遂げた業績を継承するだけでなく、先人の犯罪行為がもたらした歴史の責任を負わなければならない」と述べ、菅官房長官から「今になって、殊更に過去の歴史にのみ焦点を当てることは、日中関係にとって建設的でない」と反論される有様です。
 また、国内では「二十一世紀構想懇談会」で座長代理を務める北岡伸一国際大学学長が「日本は侵略戦争をした。私は安倍首相に『日本は侵略した』と云ってほしい」と持論を述べ、長谷川三千子埼玉大学名誉教授に産経新聞のコラム
「正論」で、この北岡発言は問題発言で、こんな言葉を「安倍談話」の中に持ち込んだら、大変なことになると批判されています。
 先の大戦については、国連軍最高司令官を罷免されたマッカーサー元帥が、米国上院の軍事外交合同委員会で「日本が戦争に飛び込んでいった動機は、大部分が安全保障の必要性に迫られてのことだった」と述べ、自衛のためだったことを証言しているのであります。
 日本を侵略戦争を行ったと一方的に決めつけて悪者にし、事後法である「平和に対する罪」によって断罪した、所謂東京裁判は誤りだったと日本占領の最高責任を担った当事者が認めているのであります。
 大東亜戦争で我が国は戦いには破れましたが、西欧諸国によって植民地化されていた多くのアジア諸国は戦後独立し「日本のお陰で独立出来た」と感謝されていることは歴史の示す通りであり、日本の誇りでもあります。
 この崇高な使命のため、尊い命を捧げられ靖國神社に鎮座まします、大東亜戦争二百十余万人の戦歿者の御霊に改めて、感謝と尊崇の誠を捧げるものであります。
 安倍総理は、戦後七十年の談話に関し、第二次世界大戦に至る日本の歴史を総括すべきとの認識を示されておりますが、明治の夜明け以降白人支配の世界の潮流の中で、日本の果たしてきた役割をしっかりと見極め「反省」や「お詫び」の文言に囚われることなく、戦後七十年日本の果たしてきた貢献を堂々と語り、これから将来に向けて世界の平和と繁栄に尽くしていく日本の姿勢を示して、日本国民、特に次代を背負う青少年に、我が国に対する誇りと自信を与えることの出来る「安倍談話」を期待するものであります。
 以上総会にあたり所信の一端を申し上げました。我が国が真に誇りある国となるためには、まだまだ解決すべき色々な課題が山積しております。我が「英霊にこたえる会」の今後の活動も大いに期待されるところであります。
 皆様の今後益々のご支援ご協力を、切にお願い申し上げます。
 終わりに当たり、会員各位のご健勝ご活躍を祈念申し上げ、私の御挨拶といたします。

平成二十七年四月二十三日
英霊にこたえる会 中央本部
会長代行 寺島泰三

  

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「故中條高徳会長を偲ぶ会」での堀江正夫名誉会長の「お別れのことば」

2015. 04. 28
 中條君、心からの親愛の心を籠めて、敢えて中條君と呼ばせて頂きます。
 中條君、五年半余に及ぶ英霊にこたえる会会長としての身を挺しての御活躍、本当にありがとうございました。
 この間の絶大な御功績に唯々頭の下がる思いです。
 昨春から体調を崩しながら、第40回総会、靖國神社の春・秋季例大祭、崇敬奉賛会総会に盡く出席し、特に第39回全国戦歿者慰霊大祭では力強く「祭文」を奏上された中條君、君の健康状態に、一抹の不安を感じお会いする度に、無理をしないようにと言いながら、順天堂医大の天野教授の執刀で心臓の手術を受けられた際、「百歳まで大丈夫」と言われたとの言葉を信じたいと、願っていた私にとりまして、正月早々の朝刊で君の訃報を知ったときの驚きは、言葉に言い表すことができません。
 私の後継をお願いした時、即答を避けた君は、南部靖國神社宮司の逝去に接し「4代目会長」を「天意」と捉え、心よく承諾してくれました。そして就任早々から、各方面の活動に極めて多忙の身を、会の運営基金源や靖國神社への特別奉納金となる靖國カレンダーの頒布をはじめとし、本会の運営に身魂を傾け、その陣頭に立って御活躍頂いたことは、全会員が心から感銘していたところであります。
 しかし、まさか百歳を目前にした私が一廻りも若い君の遺影の前に立って、こうして「お別れのことば」を述べることになろうとは………中條君、私は君に「私に対する追悼のことば」をお願いしておくつもりでした。
 靖國神社の近くに居を構え、毎朝靖國神社に参拝することを日課としていた中條君、君の魂は、今、靖國神社の社でご英霊と共に、わが国の行く末をいつまでも見守ってくれるでしょう。

    靖國の 御霊に思い 残しつつ
         一足先に  君は旅立つ

 中條君、本当に本当に、御苦労様でした。有難うございました。安らかにお眠りなり英霊にこたえる会の将来をお見守り下さい。
 
平成二十七年四月二十三日
英霊にこたえる会 中央本部
名誉会長 堀江正夫

  

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「第31回靖國神社の桜の下で『同期の桜』を歌う会」を開催

2015. 04. 07
四月四日(土)、本会ならびに協賛団体は満開の桜の花びらが舞う靖國神社境内で、「第31回靖國神社の桜の下で『同期の桜』を歌う会」を開催した。
今回は、昨年十二月二十四日、呼吸不全で急逝された中條高梔p霊にこたえる会会長を偲んで陸士60期有志より推薦された「青年日本昭和維新の歌」を女性コーラスが皮切りに披露して合唱を開始した。
女性コーラスが昭和二十年に流行った「お山の杉の子」「嗚呼神風特別攻撃隊」「あゝモンテンルパの夜は更けて」を合唱した後、二期会会員ソプラノ歌手森敬恵さんが友情出演し、「愛国の花」と、「父よあなたは強かった」を独唱した。
続いて、昨年十二月十九日豊島公会堂で森敬恵さんが「殉国七士追悼コンサート」を開催した際、出演した「元陸軍少年飛行兵合唱団」の仲間である「少飛第17期生」5名が「空の勇士」を皮切りに「皆様とご一緒に」の部に入り、プログラムに予定した曲以外に参加者からの要望曲も受けつけ、予定時間一杯、二千余人の参加者の元気な歌声が靖國神社の杜にこだました。






  

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第31回靖國神社の桜の下で「同期の桜」を歌う会

2015. 03. 09




  

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中條高梔長逝去に伴う本会の対応について

2015. 02. 06
平成27年2月6日
「英霊にこたえる会」中央本部
事務局


標記について、2月5日に開催した名誉会長及び副会長会議において、次のとおり決定されたのでお知らせ致します。



1. 葬儀及び告別式
故人の遺言により、既に近親者のみで済ませており、ご遺族の意向もあり、本会としての葬儀・告別式は実施しません。

2. 偲ぶ会
4月23日に「ホテルグランドヒルズ市ヶ谷」で第41回総会開催時、総会行事終了後、引き続き総会参加者で「故 中條高梔長を偲ぶ会」を実施する。
(1)日時
 平成27年4月23日(木)
  概ね午後4時30分〜午後7時
(2)参加者
 原則として、第41回総会参加者で希望される者に限定します。
  各参加団体の総会参加資格者
  ・団体の代表者
  ・運営委員
  ・総会前日の事務担当者会議に参加した事務局長
  ・被表彰者
(3)小冊子「中條高梔長1707日間の足跡」を編纂
(4)故人に対する香典、弔電、供物等は、ご遺族の意向により、辞退させて頂きます。

3. 会長後継者について
(1)会長代行者
 平成27年2月5日付をもって、会長代行を寺島泰三副会長(日本郷友連盟会長)に委嘱することになりました。
(2)第5代の会長は、第41回総会時において、運営委員会に提案して議決を経、総会の了承を得て、推戴することになります。

  

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訃報のお知らせ

2015. 01. 09
平成27年1月9日
英霊にこたえる会
中央本部

昨春以来、体調不良にも拘らず、本会会長として会務を遂行していただいていた中條高梔長が平成26年12月24日に呼吸不全のため死去されました。
「通夜・告別式は近親者のみで行ない、部外への通知は、四十九日を過ぎてからにせよ」との故人の遺言があった由、1月7日に中條事務所で秘書を務められていたご息女から内々の通知があり、知り得た次第でお知らせが遅れたことをご賢察下さい。
通夜・告別式はご遺言どおり 既に近親者のみで執り行なわれておりますので、本会としての対応は近く開催します副会長会議で決定する予定です。

  

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